交通安全を「交通安全化」に
交通安全が目指すことを実現するための第一歩は、
交通安全という言葉を捨てることから始まります。
「交通安全」の安全とは SAFETY のこと
← ここに写っているふたつのモノ。日本語では「安全カミソリ」「安全ピン」と呼ばれています。でも本当に「安全」でしょうか。
安全ピンは、ご存じのように、針先を覆い隠す部分を付けることによって、ピンの先が不意に刺さりにくくしてあるものですが、たまには刺さります。カミソリの方も、たまには血を見ることがあります。
すでに、「安全」は完結した状態を意味する言葉という話をしたので、これらの名称に違和感を持ってもらいたいのですが、日本語の「安全」の感覚ではいまいちわかりにくいかもしれません。
そこで、日本語で使われる「安全」の概念と単語が、“safe”と“safety”の2種類に分けられていて、きちんと使い分けられている英語を見て考えてみます。副詞の“safely”もありますが“safe”と同じ感覚です。また、似た意味で同じ関係の“secure”と“security”もありますが、ここでは道路交通にかかわる“safe”と“safety”に限定して話を進めます。
先に“safety”を説明した方がわかりやすいのでこちらから。
“safety”には、安全でない物事を、安全に近づけようという意味合いがあり、そのための能動的な意志や行動がみられる物事に対して使います。モノの名称になる場合は、安全に近づけるための進歩性がみられるものに対して使います。
それに対して“safe”には、能動的な意味は含まれていません。
個人の主観もかかわりますが、現実的に見てそのことが終わって振り返って、結果的に安全であること。危険が及ぶおそれのないこと。まず大丈夫だ、という確信の持てることに使われるだけで、それ以上の意味、安全にしようという働きはありません。
国語辞典を見る限り、日本語の「安全」は、単に状態をあらわす“safe”に相当する意味しか持っていません。しかし、“safety”の意味に相当することに対しても、万能用語のように安全が使われています。そういう場合には、きちんと能動的な意味を含ませた言葉を使うべなのです。その言葉として考えられるのは「安全化」です。
「安全かみそり」「安全ピン」に話を戻します。もしこれらを日本語の文字通り英訳すると“safepin”(セーフピン)“safe razor”(セーフレザー)となってしまいますが、訴訟社会アメリカでこんな名称で販売したら、企業は訴えられかねません。だから実際には、“safetypin”(セフティピン)“safety razor”(セフティレザー)と呼ばれています。
このように、英語ではきちんと、安全なピンやかみそりではなくて、安全化されたピンやかみそりと言っているのです。
余談ですが、「シャキーン、シャキーン。切れてない!」とCMをしている製品なら、思い切って“safe razor”と銘打ってアピールすればいのに、なんて思います。
「交通安全」という言葉の問題
「安全第一」は安全を第一に、「交通安全」は?
ようやくですが、ここで「交通安全」という言葉の話に入ります。
この言葉は、スローガン(Wikipedia:企業や団体の理念や運動の目的を、簡潔に言い表した覚えやすい文句のこと、標語)でもあると思いますが、どうも簡単に説明できませんし、理解できません。
どんな標語でも普通は簡単に説明できるものです。例えば同じように「安全」を使っていても、「安全第一」なら、「安全が第一」であり「安全を全てに優先する(せよ)」などの意味だと説明されれば、常に心がけるべきことだと簡単に理解できます。
「交通」と「安全」の間に1文字入れたりして交通安全を説明してみましょう。
・「交通は安全」「交通が安全」そうですか、もう何もすることはないですね。
・「交通の安全」それが何ですか。
それじゃあということで、「交通の安全を考えよう」…どこからそんな意味が。
・「交通を安全」日本語として理解不能です。
・「交通を安全に」「交通を安全にしよう」と受け取りますか。 「に」や「しよう」という能動的な意味まで付け加えるのは強引すぎます。
このように「交通安全」という言葉を見聞きしても、意味がわかりません。ましてや、啓蒙のための標語に求められる主体的で能動的な意味を読み取るのは難しいです。「交通安全」は目指すことを達成するのに役に立たないダメな言葉なのです。この後でもう少しその理由を説明します。
こんな言葉を捨てて、その代わりとなる言葉を使うべきです。それは「交通安全化」です。「化」のひと文字を加えるだけで、危険な道路交通を安全に近づけるぞ(1つの交通の単位では、「安全にするぞ」)という能動的な意志がありありと感じられる言葉になります。
意識に悪影響をもたらす全くだめな言葉
「交通安全」という言葉を理解するためには、無意識的に文字を補完する必要があります。それを手っ取り早くすると「交通は安全」「交通が安全」となり、これが繰り返されて意識に刷り込まれると、漠然とした「交通は安全なんだ〜」感となります。つまり、道路は“safe”なのだという勘違いになるのです。そこまででないとしても、意識を“safety”にもっていくための危機感を持つことは大変難しいです。
十分な安全化対策が行われていて、安全が当然の鉄道や航空に対して、乗客となる一般の利用者が安全だと思うのはかまわないと思いますが、道路交通は全然安全ではないですし、ただ乗っていればよいのではなくて、交通参加者のひとりひとりが主体的に安全のために意識を払う必要がある、という大きな違いもあります。それなのに、確定的な安全感をもってしまいがちです。
また、はてなキーワードの「家内安全」には交通安全、商売繁盛と並ぶ代表的な願掛け。とあります。ということは、交通安全というのは「交通が安全でありますように」と祈願すればよいことなのでしょうか。
交通安全の真意、本当の意味は「交通を安全にしょう」のはずです。それなのに、この言葉には、事故を減らすために自分や自分たちが主体となって力を尽くそう。という意志はみられません。非科学的な時代に、自分たちの力が及ばないことを神様に祈るのと変わらないのです。 神社で売られているお守りにも交通安全と書いてありますし、道端には、あたかもそれで事故が減るかのように「交通安全」のぼりが立ててあるではないですか。
「交通安全」という言葉の問題をまとめると、他力本願、他人任せで、漠然としていてとらえどころがなく、危機感を引き出せない。ということです。
こんな言葉を使うようになった意識で、こんな言葉をもとにして「交通安全政策」をしているのだから、まっとうで本質的な交通事故対策が十分にできないのは当然です。
今すぐに「交通安全」という言葉の使用を停止すべきです。そして、常日頃から見聞きする言葉を「交通安全化」にして、道路交通は安全ではないのだ、だから安全に近づけるのだ、という意識を持てるようにしなくてはなりません。
追記:
「交通安全思想」という言葉もありますが、ますますよくわかりません。「交通は安全なのだ」という思いを持てということでしょうか。
「交通安全は皆の願い」こういった言い回しだと微妙なところですが、続く言葉で意味を補完しているならまだ良いでしょう。でも、できる限り「交通安全化は…」としたいところです。
そもそも日本語としてオカシイ交通安全
交通安全という言葉、そもそも日本語として間違っています。
安全のように、完結している状態を表す言葉として、健全、適正というのもあります。これらを「〜にする」という能動的な意味にする時は、健全化、適正化というように「化」をつけるのが普通です。それなのに、なぜか交通安全の安全だけは「〜化」にしないのです。
さらに、「〜計画」でもよくわかります。
日本の交通事故抑制政策の大元となっているのは「交通安全基本計画」ですが、もしこの名称に問題がないなら、普通は「〜化計画」となるところから「化」を無くした"経営健全計画" "財政健全計画" "適正計画" などの言葉も間違っていないということになります。
Googleで使用実態を検索してみると……
"経営健全化計画" の検索結果は多いですが、"経営健全計画" の検索結果は誤用などの極わずかです。"財政健全化計画" と"財政健全計画"、"適正化計画" と "適正計画" も同じような結果です。やはり「〜化計画」の方が正しいようです。
ところが、"交通安全化計画" はなんと0件で、"交通安全計画"は、日本語のページで約3万件と正反対になっています。なぜか、誤用の方が完全に定着しています。(国の交通安全基本計画によって、各地方自治体が策定することになっているのが「交通安全計画」なので、当然といえば当然ですが。)
ただ言葉の問題であるなら大したことはないですが、日本人の意識の奥深くまで浸透して悪影響を与えていることを考えると、きちんとした言葉である交通安全化を使うべきです。
いろいろな言葉の言い換え例を提案します
多くの悲しみをもたらす交通事故を減らすためには、まず意識から変えなくてはなりません。その為に悪しき言葉の使用を社会全体で止める必要があります。
できる限り、安全という万能用語に頼るのをやめて、その代わりに、safty に相当する言葉(安全化)をあてはめたり、したいことがより明確になる具体的な表現を使うように改めるべきです。
スローガンとしての“交通安全”は「交通事故防止」や「法令尊守」「信号守れ」などの具体的なことばに変えることができます。そのほかの例も下の通りです。
交通安全基本計画 | 「交通事故防止(抑止)基本計画」か「交通安全化基本計画」 |
交通安全運動 | 「交通事故防止(抑止)運動」か「交通安全化運動」 |
交通安全週間 | 「交通事故防止(抑止)重点週間」 「交通事故防止(抑止)運動強化週間」など |
交通安全白書 | 「交通事故白書」か「交通安全化白書」 |
交通安全政策 | 「交通事故抑制政策」「交通安全化政策」など |
交通安全教育 | 「交通危険学教育」「交通事故予防教育」「交通危険予知教育」など 「交通安全化教育」? |
交通安全教室 | 「交通危険学教室」「交通事故予防教室」「交通危険予知教室」など 「交通安全化教室」? |